〜朝日新聞1998/05/30朝刊〜
ダイオキシン類の健康リスク評価をするため世界保健機関(WHO) の欧州地域事務局が開いていた専門家会議は
29日、一生の間とり続けても健康に影響のない耐容1日摂取量について、体重1キロ当たり10ピコグラム(1ピコグラムは1兆分の1グラム)と設定していた基準値を1〜4ピコグラムとすることを決めた。日本では厚生省がWHO 値にならって10ピコグラムの値を採用、ごみ焼却場での緊急対策を決めていたが、同省は「WHO の検討結果を見て、見直したい」と国会でも答弁しており、新基準値に沿って設定されるとみられる。これによって、焼却場の基準などの見直しが求められる。
WHO 欧州地域事務局の専門家会議は、25日から29日までの日程で、ジュネーブで開かれ、リスク評価を検討していた。日本からは国立環境研究所などからの研究者のほか、環境庁、厚生省の職員も出席していた。WHO は、1990年に、耐容1日摂取量を体重1キロ当たり10ピコグラムとする値を出した。しかし、この値は、急性毒性などによるリスクを基に出したもので、環境ホルモンなどについては評価の対象としていなかった。
その後、環境ホルモンの重要性が指摘されるなど、見直しに向けての作業が進められていた。
厚生省ではこの10ピコグラムの見直しについて、「WHO の見直し作業が行われることになっているので、その結論を見て見直しに着手したい」としていた。
この1〜4ピコグラムの結論が出たことで、厚生省と環境庁はそれぞれ専門家による見直しのための会議を作り、検討に取りかかるが、この値を踏襲する可能性が高い。ただし、1〜4ピコグラムのような幅のある値にするのか、一つの数値で基準値を出すのかどうか、不透明な部分もある。
この耐容1日摂取量の値が厳しくなると、それに基づいて、昨年厚生省が策定したごみ焼却場で緊急対策をしなければいけない排ガスの基準である80ナノグラム(1ナノは10億分の1)の根拠が崩れることになる。厚生省は、新規、既設の焼却炉について、新たな規制値をもうけたが、中でも、80ナノグラムを超える焼却炉は、この値を守れないと周辺住民の摂取量が先の10ピコグラム以下にするのが難しいとして、緊急対策で改善するよう指導していた。
■日本の対応の遅れ、はっきり
−厚生、焼却場基準の見直し必至
WHO がダイオキシンの耐容1日摂取量を厳しくした値を決めたことで、日本のこれまでのダイオキシン対策の遅れが、よりはっきりした。ダイオキシン問題は、世界的には1970年代に浮かび、1980年代に入ると日本でもごみ焼却場から検出されるなど、大きな問題になった。
しかし、日本の取り組みは遅れ、厚生省は1984年に基準値を示したものの、知見が乏しかったりしたことなどから、100ピコグラムとした。その後、厚生省や環境庁がダイオキシン対策や研究を怠っている間に、欧米では研究
や規制が進み、WHO が1990年に10ピコグラムの値を示したころには、ダイオキシンの排出の大幅な削減に向けての国を挙げての政策が進められていた。
日本では研究者や環境NGO などの指摘を受けながらも、両省庁の動きは鈍く、WHO の値を基に出したのは一昨年。厚生省は昨年、排出量の大半を占めるといわれる焼却炉の規制に踏み切った。我が国は欧米と比べて、大気の濃
度で1けた高く、研究者によると、魚類など人が摂取するダイオキシンは、体重1キロ当たり3、4ピコグラムになるとも言われる。今回のWHO の値を適用すると、通常の人でもこの値をオーバーする可能性も出てくる。排出源からの排出量の削減とともに、摂取量を減らすための新たな規制が必要だ。(社会部・杉本裕明)
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