〜蟹の恩返し〜
話者:嘉数タマ(明治44年生)本部町字新里
むかし、海辺の小さな村に男とその妻と娘が三人でくらしていた。
その家はとても貧乏で、男は金持ちの家で草刈りの仕事をして家族をやしなっていた。
ある日、いつものように男が金持ちの家へ出かけようと、あぜ道を歩いていると、草むらでなにやら変な音がする。立ちとまって草むらをかきわけてみると、蛇が真っ赤に身を輝かせて龍になろうとしてた。
「今日は大変なものを見てしまった。」と、男は急いでそこを立ち去ろうとしたら、蛇に気づかれてしまった。
「おまえは私が龍になろうとしていたのを見たな。人間に見られてしまったために私は龍になりきれなかったのだ。かわりにおまえは私の餌食にならなければならない。」と蛇が言った。
すると男は「餌食になるのはしかたがない。でも、どうかあと10日間だけ待って下さい。」と言った。
蛇は「よし、10日間だけ待ってやろう。」と、その日は男を逃がしてやった。家へ帰ってきた男は、夕飯を食べる元気もなく、ぼんやりとじーっとすわったままだった。娘はお父さんの様子を見て変だと思い、そのわけをたずねた。お父さんは昼のできごとをすっかりはなした。それを聞いた娘は、
「お父さん、私にいい考えがあるから心配しないで下さい。」と言った。
でも娘にいい考えがあるはずもなかった。娘は何とかお父さんを安心させようと、つい、そう言ってしまったのだ。
お父さんは不安そうな顔をして
「あんたを餌食にするより、私が餌食になる方がよい。」と娘に言った。
そして、いよいよ10日目になった。いい考えが思いつかないまま、娘は、もう、自分が餌食になるしかないと思っていた。そして、今まで、かわいがって飼っていた蟹に
「私は今日、蛇の餌食にならなければならない。今日でお別れだね。」と悲しそうに娘は言った。
そして、娘は、いよいよ蛇の餌食になる決心をして、きれいな着物に着替え、目をとじて座敷にすわっていた。
すると、蛇は男の姿に変わって、約束の時間にやって来た。
「私がお父さんの代わりに餌食になります。」と娘が言うと、男に化けたその蛇は「そうか、若い娘ならなおよい。」と答えた。
そして、いきなり大きな口をあけて娘をひとのみにしようとした。すると、娘のひざもとに隠れていた蟹が、蛇の目をめがけて、はさみをおもいきりふりおろした。
蛇はびっくりして逃げようとすると、蟹は蛇を追っかけて、両方のはさみで蛇をひきずりまわし、とうとう、この蛇を退治してしまった。
蟹に命を助けられた娘は、いつまでもこの蟹をかわいがりいっしょにくらしたということです。