〜朝日新聞1999/02/19朝刊〜
小渕恵三首相は19日昼、国会内で、テレビ朝日が「高濃度のダイオキシン検出」と報道し価格が暴落した埼玉県所沢産のホウレンソウを昼食のメニューに加え、安全性をアピールした。
ホウレンソウは自由党農水部会長の二階俊博国会対策委員長らが東京都内の市場で購入したもの。首相は「農家の人たちが精魂こめて作った。これ以外に(農家の)生きる道がないんだ」と語り、おひたしにしたホウレンソウを「おいしい。おいしい」とたいらげた。
《天声人語》
埼玉県所沢市が、市の清掃事業所の焼却施設で排ガスを調べたところ、厚生省暫定基準の150倍にあたるダイオキシンを検出した。しかし、市は事実を隠していた。
おととし9月、隠ぺいが明るみに出た。当然、健康に悪影響があるのではないか、と住民は不安になる。市は説明集会を開き、その席で幹部がこう述べた。「ご存じかと思いますが、JA所沢市が市内の野菜の分析調査を民間調査機関に依頼しており、まもなく報告が出ます」。市議会でも同様の答弁があった。
けれども報告はしまい込まれたまま、1年半近くが過ぎた。ようやく公表されたのは、つい先日である。厚生省の全国調査よりもやや高い程度の数値だった。JAの組合長は釈明した。「国の安全基準がないので、数字が独り歩きし、混乱すると思った。隠していたわけではない」。
ダイオキシン対策について、国をはじめとする行政が立ち遅れていること。それゆえに、住民に事実が知らされない場合があること。それらが、この例でわかる。そして、JAが重い腰を上げて発表に踏み切ったのは、テレビ朝日の「野菜のダイオキシン汚染」報道がきっかけだった。
番組の意図やよし、と言いたいところだけれど、残念なことに今回の報道には、きわめて軽率、ずさんな個所があった。少なからぬ視聴者が「ホウレンソウの汚染」のように印象づけられた数値は、結果的にホウレンソウのものではなかった。細部がはっきりしないデータが、確かなものとして伝えられた。その点、フェアとはいえなかった。
ただし、テレビにすべての責任を押しつけ、あとは何もなかったことにするのもフェアではあるまい。これで「産廃銀座」に発するダイオキシンへの不安が雲散するわけではない。行政の立ち遅れが許されるわけでもない。解決しなければならない問題はそのまま残っている。
|